After so many detours, I decided to live with the Sashiko we practice. Denim Mending with Sashiko stitched fabric.
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これまで両手に収まらない程の不毛なやり取りを英語で、それでも丁寧に繰り返してきた訳ですが、最終的に相容れない方々が残す捨て台詞があります。不思議と共通。「刺し子の先生は沢山いる。別に貴方から学ぶ必要はない。」というのもの。諸々突っ込みどころはあるとは思うのですが、刺し子というものを根本的に捉えて一つ。「刺し子においては、存在する全ての人が先生である」ということ。日常の営みだった刺し子において、結果の好き嫌いは別としても、「学べる機会を自ら放棄すること」はつまりは刺し子そのものを否定していることだと思うのです。
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刺し子において絶対的な存在というのは存在しません。それが刺し子だから。こぎんも、菱刺しも、一目刺しも、波縫いも、模様刺しも、アレンジ柄も何もかも「刺し子」と一括りにされているのにも関わらず、日本国内で論争が起きないのは、日本人として「刺し子は日常に存在したもの」というのが、なんとなく浸透しているからだと思うのです。「味噌汁の具は何が正解で、味噌は何味噌にすべきか?」という論争が不毛で馬鹿げているのと同時に、刺し子の先生を限定してしまうことほどもったいない(そして存在そのものを否定している)ことはないと思うのです。だから、「あ〜もったいないなぁ」と思って会話が終わる。でも、そのもったいないという感覚は、僕の理想である「刺し子を伝える」という括りでは失敗で。だから苦しかった。結局逃げたけどさ。
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Denim –
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I do not give up on SNS (IG or FB). This decision is not because of Cultural Appropriation. I simply want to protect myself from “thoughtless” people who do not read what I write. My goal is the same (to share the Sashiko we practice). My feeling about C/A is still encouraging you to call your stitching Sashiko (when J/C is respected). So, I simply write less here. My core message is already on our web & previous posts. In Patreon, where I express myself without fear, I will continue the journey of trying how I can verbalize what is vague in translation, Like Mottainai, Wabisabi, and Sashiko.
2019-07-21 16:35:38

娘と帰郷中の日本から拝見してます。
刺し子を伝えて行きたい熱心な淳さんのやりきれない苦しさが伝わってきます。でも、逃げではないですよー。好きなだけ持って行き放題だけで学ぶ努力もなく解釈できない人達から離れることは、健康的な対策だと思います。
What a great photo! ❤️