There are many techniques in Sashiko – but Sashiko isn’t the technique. ☆
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引き続き丁寧に説明させて下さい。「定義」と「ルール」は同義ではありません。「日本の刺し子の再定義 = 刺し子のルール決め」ではありません。定義とは「共通認識を作る事」だと考えます。ルール(規則)とは、その定義に則って「良いことと悪いこと」を裁くものです。僕は”再定義だけ”したい。
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一例を出します。刺し子の定義として「刺し子は手縫いの針仕事である」としましょう。例えです。日本の刺し子好きの方にとっては既に共通認識かもしれません。ルールを作るとなると、「定義に従って、ミシンでの針仕事は刺し子とは呼べません」となります。これがルール付けです。繰り返しますが、僕はルール付けをしたいんじゃないんです。「手縫いじゃない針仕事は刺し子だったっけ?」という、「共通認識を再度構築する作業→再定義」をしたいだけなんです。
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本来であれば「察する文化」の日本で、この再定義の作業そのものが無粋です。僕自身日本国内だけで刺し子をしていたら、ここまでお願いしていません。非日本語圏でのSashikoが人気になるにつれ、「察する共通認識」がブレてきて、もう既に「Sashiko?何でも良くね?」と言わんばかりに麻柄が印刷されただけのシーツに「Sashiko」と宣伝文句がついたりしています。これはマズいと僕は思うので、もう一度日本で刺し子をしている皆様に、「刺し子ってなんだっけ?」を教えて欲しいのです。それが何よりもの希望です。日本各地に様々な刺し子の定義(共通認識)が存在します。「奇数こぎん偶数菱刺し」も定義の一つです。そこからルールを作り守る方々もあれば、思いだけを大切にして守られている方もいます。それはそのまま変えたくありません。各地に残る刺し子を比較して優劣を付けたいわけでもありません。ただ、「なんでもあり」になってしまいそうな非日本語圏でのSashikoに、「日本人の思う刺し子」はこういうのだよ!って伝えたいだけなんです。
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日本で刺し子をされている方のお話を伺って、極論として「印刷された柄だけでも刺し子なんじゃない?」という共通認識(定義)になるのであれば、それはそれで受け止めます。逆に、好き嫌いが激しい方だと、「古典柄以外刺し子とは認めない」という方もいらっしゃると思うし、それはそれで素晴らしい定義だと思います。誰か一定の個人の定義を否定するつもりは一切ございません。今後僕が英語で刺し子を紹介していく上で、「日本人が思う刺し子の共通認識」をしっかり胸に抱いておきたく、こういうお願いを差し上げております。叱咤激励、質問、なんでもお答えします。日本の刺し子を、刺し子のまま、残したいんです。英語でSashikoを見ていると、なんかそれがもう難しいような気がしてしまっていて。お力添えを頂けると幸いです。
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2019-11-23 16:38:53
Hermoso 👏👏👏💙💙💙💙
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That is so well put! 🙏
👌👌👌👌👌👏👏👏👏